EXとは : 記者・編集者スペシャルトーク

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image  何度かドラマ化され、映画化もされた横山秀夫の「クライマーズ・ハイ」という小説をご存じだろうか。1985年の日航機墜落事故を縦糸に、事故現場となった群馬県の地方紙記者たちのドラマを横糸にした傑作長編である。この小説の主人公である記者、悠木が趣味としているのが登山なのだが、そこに登山用語として「クライマーズ・ハイ」という言葉が登場する。クライミングの最中に興奮が極限状態に達し、恐怖感が麻痺(まひ)し、高度をもろともせずどんどん登っていく。その状態を指してクライマーズ・ハイという。小説では悠木の生き方とリンクして語られるのだが、われわれSANKEI EXPRESS(以下EX)のエディターも仕事中にこのクライマーズ・ハイと似た状態になっている。エディターズ・ハイとでも呼べばいいのだろうか。
 

最初の読者の感覚で

 われわれの一日の仕事の最大の山場は時間通りに新聞を編集し、降版することである。降版時間に向けて、一日の時間が過ぎていく。出社後は、その日の紙面内容が決まる会議まで、前もって出稿されたカルチャー&エンターテインメント情報のART CAFEを編集する作業が続く。「これは面白い」「おいしそう」「行ってみたい」…。原稿に最初に触れる読者≠ニしての感覚を保ちながら紙面を作っていく。
 
 目に留まって、かといってすべてを言わずに、でも印象に残る見出しをすっきりとしたレイアウトとともに…。悪戦苦闘していると、そのうち、当番編集長から声がかかり、出稿記者と副編集長とともに1面の打ち合わせをする。当番編集長から、事件、政治、経済、国際、スポーツ、芸術、芸能あらゆるジャンルの2500枚以上の写真から選ばれた「この1枚」とともに、きょう一番読者に伝えたい、伝えるべき「このネタ」が提示される。そこで記事の大まかなラインが示されることもあるが、そうでない場合は、見出しの方向性を決めるため、出稿担当デスクと打ち合わせをする。選ばれた写真を殺さないように、かつ読者をそそる≠謔、な見出しこそ、EXの特徴のひとつだからだ。
 

ガラガラポンの宿命

 ART CAFEの作業を終え、ニュース面の作業準備をしながら、1面の見出しを考え始める。全体会議を経て、ニュース面の作成に取り掛かったら、空気が変わる。降版時間に向けて時間の流れが加速していく。必要なコンテンツは揃っているか、さらにいい写真は来てないか、新たに伝えるべきニュースが出てきてないか…。
 
 ニュースというなまもの≠相手にしているだけに、仕込んだものが吹き飛ぶこととは隣り合わせ。EXは他紙と異なり、1面には通常、記事は1本だ。何かあればガラガラポン≠ヘ宿命。その中で再び最高の1枚と最高の大見出しを考えていくのだが、この軽さと重さの間をしなやかに泳ぐのがEX流。そうこうしている内にフロアはいよいよ熱を帯びてくる。
 
 「そんな20行足らずのカギカッコ(コメント)が書けないなら記者をやめちまえ」。他部署の出稿デスクが怒鳴っている声が聞こえる。怒鳴っている方もそうやって鍛えられてきたのだろう。商品価値をつけながら、事実を伝える。魅力ある紙面はこうしたやり取りから生まれてくる。うーん新聞社だ…なんてひとりで感動していたら、「ちょっと写真小さい、字詰めも読みにくい」と副編集長から。しまったレイアウトを固めるのが早すぎたか。急いで組み直し。
 

譲れない一線を背に

 そして降版時間1時間を切ったころからがいよいよ修羅場。原稿の中身が打ち合わせの時と微妙にずれているのはよくあること。もちろん大見出しも修正しなければいけない。
 
 「EXにしては普通すぎる」「今日はストレートニュースだからあまり変化球にせずに」「一周回って普通になっちゃったな」
 
 副編集長との見出しのやり取りは当然、降版時間ギリギリになれば編集長、出稿デスクも加わっての議論になる。
 
 「○○○って入らないかな?」「入れたらフォントが小さくなります」
 
 「△△△の要素は入れなくていい?」「なんかもっさりしてしまいます…」
 
 地位もキャリアも何十倍も上の記者や編集長の注文を切り捨てていくことに躊躇(ちゅうちょ)を感じつつも、譲れない一線を背にギリギリの攻防が続く。
 
 でも、そんな一線も編集長の「やっぱりこの写真にしよう!」の一言で軽々と吹き飛ぶ。それが実際にいい写真だから困る。そしてそれができるのがEXだ。
 

「読者に謝ってこい」

 だが、降版時間は延びてはくれない。急いで写真処理、横写真から縦写真に変わるならレイアウトも変更。このやり取りを聞いていたはずなのに副編集長から「もう時間ないぞ」の声。目前に迫る降版時間。
 
 後ろから迫ってくる副編集長。あれ? 副編集長はハーケンの役割をしてくれるはずじゃ…なんて思っている暇もなく、ゲラ確認。訂正の直し漏れ、ミスはないかチェック。素晴らしい写真、胸を打つ記事、心に残る見出し、そのすべての価値を喪失させるケアレスミス。エディターズ・ハイになっているときこそ一番注意しなければならない。
 
 「クライマーズ・ハイ」の作中にも、クライマーズ・ハイが解けたときが一番怖いという描写がある。ため込んだ恐怖心が一気に噴き出して一歩も進めなくなるのだという。エディターズ・ハイも似たようなもので、熱気にやられて足元を見失っては降版できるものもできないし、また読者にきちんとしたものを届けられない。降版した後にミスが見つかったらそれこそ山籠もりでもしたくなる。
 
 「俺に謝るより読者に謝ってこい」
 
 ミスをして謝りに行ったときに上司に言われた言葉だ。そう。レストランで出た料理に髪の毛が入っていたら食欲がうせるのと一緒だ。たとえそれがテーブルクロスの端にあったとしても、いい気はしない。
 

いざ降版

 「よろしいでしょうか?」
 
 降版時間は決まっているから、良い紙面作りを追求するのにも限度がある。エディターへの注文が致命的な訂正ではなく、記者のこだわりになってきたあたりを見計らい、方々に声をかけて、いざ降版。実は声をかけてからもう一回紙面をチェック、ダブルチェック。
 
 この瞬間まで積み重ねられてきた過去と、明日報じられる事実が混ざった少し先の未来。この2つが交差した瞬間が降版時間になる。この山場を越すには、少しばかりエディターズ・ハイになっていないと無理なようだ。
 

スペシャルトーク

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